平成21年2月14日
HVS綜合研究会
《気づき》教育実践研究会
安達 征勝

ネパールでの教育交流(NPO初心に変えて)

【1】 はじめに(会の紹介)
私たちHVS研究会の目的は、主として日本の教育の分野において「時代の変化とともに、教育に求められ課題とされていること(質や内容)を検証し、要請されていることを実際の現場に組み込み再構築する」ことにあると考えています。
この再構築にむけ、私たちはそれぞれが長い年月(約15年)をかけて、「生徒自身から出てくるもので勝負する」ことを肝に銘じて「試行錯誤」(try and error)を続けてきています。

その試行錯誤の具体例をあげますと、上記した「要請されていること」として参加者が使命を感じ授業に落とし込んでいるものというのが、平たく言えば「人が(授業においては生徒が)、個人個人抱える異なる悩みや問題を、その人自身どう解決すべく取り組んでいくのか」、その考える姿勢をともに模索する、という感じのものになると思います。
その軸においているのが、私たちの場合「自分とは何か」という課題です。
これまで、中学高校だけでなく大学でも授業実践(課外も含め)を行ってきました。取り扱うテーマは異なっても、主題つまりその軸の部分は同じものです。それゆえ、「この授業をもっとはやく、小学校などでも受けたかった」という生徒の声にも多く出会ってきました。実践の報告はすでに15冊分の冊子にもなっています。
それらの実践を発表し研鑽しあう場として、《気づき》教育実践研究会が活動しています。数多くの私学の先生方だけでなく、幅広く教育関係の方々が参加をしています。

【2】 ネパールHVS発足会
私は、2007年の夏、ネパールの西部にあるジュムラ郡ディリチョール村リンモクシャ学校の高校2年生に、私たちがこれまで実践してきている内容の一部を「授業」する機会に恵まれました。そのつながりから、「ネパールの教育でも、この内容が求められている。これはインターナショナルな課題だ。ネパールにおいてもHVSを発足させたい。」(これは、ネパールの国立トリプバァン大学大学院2年のロビン・シャルマ君の言。)という言葉を受け、今回(2009年1月4日〜10日)、再度ネパールを訪問しました。
現地では大学や高校の教師や将来教師を目指している大学院生の人たち35名ぐらい(内にはアドンタールにある学校の理事長、校長も参加)に、以下のような内容での教育交流を行ってきました。

@ 私たちの活動は、日本の教育の分野で欠乏していると思われる内容について検討してきているものであるということ。
その軸には、「自分とは何か」という課題に教師と生徒が一歩ずつともに考えながら取り組み、そこからつながる「なぜ学び」、そして「どう生きるのか」ということについても考えていく必要がある、ということ。
A 個人的なレベルの「なぜ?」の世界の大切さ。ここを外して、本や他の人からの知識だけでは創造性が生まれないということ。
(ノーベル賞受賞者の例や、私自身の経験の話も踏まえて。)
B 教材の例として、「宇宙カレンダー(※)」などのレクチャー。
それらを元に、自分という存在を「個人」のみの概念から「他とのつながり」ということへ意識を持っていけるかどうか。
(※「宇宙カレンダー」…国内で実際に使用しているテキストから抜粋。
宇宙の創生から人類の誕生そして現在に至る137億年を1年間のカレンダー上において、
事実、つながっていない物質はないということの認識。
隣人でもカエルでも道端の石ころにいたるまで、全ての粒子が、宇宙創生の時から一つとして欠けることなく受け継がれてきた結果の今の私である、ということ。)
C 生徒との「授業」を成り立たせるための具体的教材(テーマ)例やDVD教材の紹介

これらの事を約半日かけて話し、まず今後もメールでの相談に応じることや、資料の送付などについて協力することを約束してきました。また、生徒の実践報告については互いに交換し合うことも確認してきました。
全体として彼らの反応は非常に大きく、今後共有するカリキュラムについての内容等に連日連夜大いに盛り上がり、そのやる気のほどを熱を込めて語ってくれました。

【3】 活動指針(プロセス)
さて、ここで先にあげた「自分とは何か」という課題に対する私個人の探求のプロセスをもってお話し、再度確認しておこうと思います。(こうした思考へのプロセスは、ある程度普遍性のあるものだと考えているからです。また、このプロセスを足がかりとしたものが、今後のネパールでの活動指針ともなるでしょう。)

私の場合、この課題への入り口は、自身の「10歳の時に遭遇した身近な2つの死、そこから私の背骨に入り込んだ『ice pole(氷の柱)』が解け出すまでの試行錯誤について」が中心です。
「死への恐怖」や「ice pole」への取り組みは、「自分とは何か」を考えることから始まりました。
私が、この課題へ取り組んだ思考のプロセスは以下のものです。

@「自分の中に在る。」
すべての課題は、「自分の中に在る」と気づくこと。
A「自分の理由から起こる。」
 ひとは、それぞれ別の理由から自分の課題と向き合わざるを得ない存在である、と気づくこと。
B「自分から考える。」
 これまで人類が生み出してきたすべてのもの、哲学、科学、文学、宗教などから貪欲に学び取り、自分の中に在る自分自身の苦しみの切実なところと納得するまですり合わせるべきであると、気づくこと。
C「自分から行動する。」
 他の人と話す。本を読む。指導を受ける。必要なものは、地球の裏側までも探しに行く。その必要性に、気づくこと。
D「自分から創造する。」
 自分自身の生きる苦しみに耐えて生きる智慧を生み出すのだ、と気づき行動すること。

私はこの5つのテーゼから、自由に「自分とは何か」を考える足がかりを得たのです。

【4】 お国は違えど…
今回のネパールでは、こんなことがありました。
ネパールに行った人は、かならずと言っていい程、ヒンズーの古刹、「パシュパティナート」を訪ねます。そのお寺は、夏にはゴーゴーとヒマラヤの雪解け水の流れる川の側にあり、その岸辺には遺体を焼くところがあります。今回もその場所を訪れました。
今回は冬の乾期のせいで、水量は極端に少ない流れでしたが多くの観光客の見守る中で遺体が焼かれていました。公開されていますので、遺体にすがって泣き崩れる家族や親族の姿が目の前で展開されます。諸外国からの人たちも沢山いますが、全ての人が「沈黙」したまま事の成りゆきを見守ります。遺体に火がつけられ、家族の泣き声が広場全体に響き渡ります。最後に焼かれた遺体は、全て川に流されます。この様子を見学した後で、アドンタールの学校で、中学3年生に「授業」をする機会がありました。
1人の女の子に、ネパールでは「人間は死ぬとどうなる?」と考えられているのか聞きました。彼女は「Nothing!」と言っていました。私が、「では、私たちの先祖からのつながり」や「これからつながる子孫のことを考えると、どうだろう?」と聞くと、一瞬顔を曇らせ「こまったな」という表情になっていたのが印象的でした。
日本においても授業の最初の回はいつもそうです。自分個人での完結。
さて、私はこの先このネパールの地で苦労し悩みながらも展開されていくであろう「自分とは何か、の探求」の事を想うと、何とも楽しみになります。彼女はこの先、どの様な表情でこの質問に答えることになるでしょうか。

【5】 NPO活動第一歩
具体的な今後のネパールとの関わりの第一歩は、アドンタールの学校(地域34校のセンター校になっている)の先生たち、また日本のNPO「HIKIVA(※)」グループ関連の7つの学校の先生たちから、「今回の内容を話して欲しい」と依頼をうけてきたことです。
(※特定非営利活動法人「HIKIVA」…大阪枚方市拠点。ネパールでの学校展開、教師の育成等、現地での教育支援活動に取り組み、『ネパール里親の会』を組織し活動。)
私の仕事は先生たちへの話や相談に乗る事がメインになると思いますが、生徒たちへの「授業」は、現在日本の現場で実践している先生たちの仕事として(定年後の仕事としても)、お願いしたいと思っています。現地の教師たちの指導役、ということにもなるでしょうか。
彼らに与えるだけの仕事とはならないでしょう。これらの課題を彼らとも一緒に考える事、かの地の生徒たちがどう変わっていくのかを見ていく事で課題の普遍性を、より広く発信することに繋がることとなるでしょう。日本での実践内容にもより深まりが増す事は間違いないでしょう。
現在、日本からはネパールに数多くの「教育」のNPOが入っていますが、そのほとんどは「ハード」面が中心です。私たちの様な「ソフト」面の教育交流は始まったばかりです。
ネパール全土に行き渡るには何十年もかかるでしょう。
皆さんのご協力や支援なしでは不可能な、まだ未知の道のりです。
ですが、すでにもうネパールの地では、我々の活動を待つ、たくさんの教師と生徒たちがいるのです。

最後に少し風景の話をしておきましょう。
ネパールの都カトマンドゥの道路にはほとんど信号がありません。道路には大小の車や沢山のバイク、自転車、人があふれかえっています。わが日本の暮れのアメ横のような状態です。そのエネルギーは、すさまじいものがあります。田舎では、日溜りにのどかな光景が展開されています。庭にゴザを敷き、家族や隣の人同士がなごやかな笑いとともに語らっています。その周りでは多くの動物たちがエサを啄ばんでいたりします。
今回はそうしたほのぼのとした「温かさ」をもらって帰国することができました。

2009年2月14日