| 2010年7月の特別研修会の御案内 | ||
------------------ ※場所:中央大学駿河台記念館 500# (JRお茶の水 徒歩3分)※会場は入口に表示 ![]() ※受付:午後6時より ※時間:午後6時〜9時(○6時から夕食○食事終了後、開催) ※会費:特別研修会につき、A会員校2名まで1人\3,000_他1人\5,000_ 1校5名以上場合1人\3,000_ ※その他:当日の夕食代・資料代等は、会費に含まれております。 申し込み方法:7月5日(月)まで。 メール・fax・電話にて参加者名、人数等をお知らせ下さい。 (期日厳守でお願いいたします。) |
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今後の研修会の日程(予定) 個人の実践報告を企画中。発信者募集中!!ご連絡ください。 | ||
| 8月 休会 | ||
| 9月 未定 ※各校の若手が試行錯誤した実践報告を予定 |
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事務局 HVS綜合研究会 安達 征勝 今年の夏三ヵ月の長期予報は、始めは曇りや雨が多く、後半に残暑が厳しいと発表されました。いよいよ暑い季節の到来です。共に身心を大切にすることに致しましょう。 今回のNEWSは、6月21日の研修会から時間を経ずに発信することになりました。 7月は、研修会の日程が早目に設定されているためです。7月12日(月)です。また、 各学校での先生たちの夏休み中の日程が、まちまちなのもその一因です。ご了承下さい。 さて、私の場合、東京私学中高協会の8月7日の「中堅現職研修の発表」にむけての準備があります。とにかく、「いま私学教育は、何を開発し、実践しなければならないのか」、「先生が生き生きしなければ生徒は生き生きできない」、「自分を隠しているわけじゃない、抑えているだけなんだ」(NHK出版.『14歳・心の風景』)とかを、根底に据えてしっかりまとめてみます。 6月21日(月)の研修会では、青山学院中等部のキリスト教の教育についての「実践報告」をしていただきました。部長の山本先生には「キリスト教信仰にもとずく教育(理念)」を、宗教主任の西田先生には「実践」についての報告をしていただきました。 山本先生のお話しは、「青山学院中等部の生徒の学校生活は、自由な環境の中で、伸び伸びと学友たちとの間で「友情」を培っている。」と感じさせてくれるものでした。(当日のレジメを、『《気づき》・実践』.N0.23に転載します。) 西田先生からは、「聖書科の内容」と「生徒の自己内対話」のお話しがありました。そして生徒からの感動的な自己内対話の文章が紹介されました。 『出会いの向こうに』というフィリピン訪問プログラム報告集には、フィリピンを訪問した生徒の戸惑いが、曇りのない目で、捕らえられ表現されて居ました。戸惑いとは、立ち尽くすしかない自分に気づく経験です。具体的には、自分が、日本で日常的に送っている生活との余りにもかけ離れた現実を前にして、自分をみつめたのでしょう。 さて、私が何時も「宗教系」の学校の実践の話を聴いて感じている事は、入学してくる生徒のほとんどが「その宗派とは関係のない人たち」と言っていい事実です。その意味では、日本のキリスト教系の学校や仏教系の学校が、理念を前面に立ててする教育実践は、入学してくる生徒との「精神的」土台との乖離をいかにするかという課題を何時も抱えるのではないかと思います。それについては、まずは各校が入学者に「自分とは何か」のプログラムを用意してもいいのではないかと考えます。その上に立つことにより各校の「理念」の「実践」へとスムーズなつながりがもてるようになるのではと考えます。これからの教育にはもう少し、自分との「自己内対話」の訓練を重ねる必要があるように思うのです。この地点こそが、いまの日本の教育にとって大事なことです。 今回の報告者であるキリスト教系の青山学院中等部が、私学の重要なポジションにあるのは周知のとおりです。加えてその地点での鮮明な「実践」こそが、さらに大きな評価を得ることになるのは間違いないと思います。 今回、7月12日(月)は、これまでの私たちが実践してきている「試行錯誤」の一つの成果についての検証です。ある目的をもって、私たちが実践してきていることは、1〉.子ども自身が自分とむき合う作業、2〉.それを通してクラス全体の作業に発展させる、3〉.さらに、それを1つにまとめて(文集などにして)外部に出すことです。それにより私たちの実践に多くの人たちの「参加と共感の世界」が創造できればと思います。 私が「こだわり」を持って話題にしていることの一つに、「神戸児童殺傷事件」があります。 いまでは超人気作家である村上 龍氏が、あの事件の犯人である14歳の少年が逮捕された時期に、『寂しい国の殺人』(シングルカット社.1998年)という題名の本を出しています。 そこでは、「人間が壊れ始めている」という表現とともに、「近代化の終焉」ということにも触れています。 私たちの研究会では、「時代の大転換期の質とは」という課題があります。 「終焉」とは、さまざまなレベルでのコミュニケーションが変らざるを得ないこと。例えば、集団的・国家的目標の喪失は、当然従来の教育におけるコミュニケーションへの影響も大きなものとなります。また他にも、金融システムや伝達手段や様々な分野のコミュニケーショの先進性と後進性も格差社会を生み出す事なると当時指摘していました。学校における旧態然としているコミュニケーションの質と、生徒たちが今求めているコミュニケーションのそれとのギャップを教師は日々体感しているのではないでしょうか。それだから、学校におけるコミュニケーションの後進性に、まず生徒たちが反逆しているのです。 私たちの「実践」は、ここの地点を踏まえてのものでもあると思っています。 |