| 2010年6月の特別研修会の御案内 | ||
------------------ ※場所:中央大学駿河台記念館 500# (JRお茶の水 徒歩3分)※会場は入口に表示 ![]() ※受付:午後6時より ※時間:午後6時〜9時(○6時から夕食○食事終了後、開催) ※会費:特別研修会につき、A会員校2名まで1人\3,000_他1人\5,000_ 1校5名以上場合1人\3,000_ ※その他:当日の夕食代・資料代等は、会費に含まれております。 申し込み方法:6月14日(月)まで。 メール・fax・電話にて参加者名、人数等をお知らせ下さい。 (期日厳守でお願いいたします。) |
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今後の研修会の日程(予定) 個人の実践報告を企画中。発信者募集中!!ご連絡ください。 | ||
| 7月12日(月) 「文集・小論文・記念文集」などの発行とその後の展開・戦略論 ※白井・野中・荒井各先生方の実践とそのねらいと展開について発表及び3人で今回の研修会をまとめる。 |
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事務局 HVS綜合研究会 安達 征勝 若葉が、光り輝いています。いつもの年と比べて今年の緑の美しさは、私には、格別の様な気がしています。年齢のせいでしょうか。若葉自身のせいでしょうか。 今回、6月21日(月)は、青山学院中等部での「実践報告」です。 私の手元には、大学の学長.伊藤 定良先生の「私の願い」という文章があります。(朝日新聞2009.12.24)。内容は、「私の収穫・問われる存在意義.B」というタイトルで書かれています。そこで、伊藤学長は大学人としての危機感を、次のように自問されています。「いま、『大学とは』、『学ぶとは』という私たちの存在意義が問われている。高い学費に見合った教育とは」と。続けて、「(これまでの経験で)教え子の成長の手がかりを振り返ってみると、(中略)自分で問いを発し、試行錯誤を繰り返すことで自らの世界を広げていった。(中略)学生の素直な問いを引き出し、育て、発展させることが重要だ。そのために、教養教育を大事にしたい。」とご自身の「願い」を語られています。 私は、青山学院全体の「理念」「実践」がどの様なものであるのか(キリスト教原理を根底)存じあげません。しかし、(たとえ個人としての考えであっても)伊藤学長の「願い」の様なものを、どう「実践」に結び付けるのか、組織としてかずかずの「しかけ」が必要となってくるように思われます。それは、当然中等部での実践の礎にもなりうるべき質でしょう。 その「願い」は、根底に「自分とは何か」をすえて、「なぜ学ぶのか」「どう生きたらいいのか」といういわばわれわれの課題としている《つながり》の延長上にあるものかもしれません。 前回の5月24日(月)の研修会では、この会の15年間の「実践を総括」する機会を得ました。私にとってはとても有意義なものとなりました。 そして、この会のスタート時の頃がとても懐かしく思い出され、「私学は、どの様に立派な理念があっても、生徒がいて始めて成り立つ。」という話しをした記憶が甦って来ました。生徒募集ばかりではなく、その私学としての「中身を開発する必要」があるのではないか、というのが、この研究会で私が最初に提案したことでもありました。 戦後思想の中心になった「個人」(=「自分とは何か」)という課題、これは流行語として闊歩していますが依然としてスカスカです。これを開発し、私学の「売り」にすることです。 「自分とは何か」は、個人的には私が10歳で経験し、ずっとかかえていた「大いなる疑問」でした。しかし、長い間「教育」の中では「問うこと自体がタブー」であったと思います。このタブーは、仏教を基盤とした「自分探し」を主張していたオウム教の影響が大きいと思います。 因みに、オウムの主張と私たちの考える「自分とは何か」の主張は、まったく別の哲学です。 しかし、持ち続けたこの課題は後に、私を「運命を受け入れる力」へと導きました。 このことは研究会の課題として、「生徒1人ひとりを大切にするとは?」、さらにその前提として「先生がいきいきしなければ、生徒はいきいきできない」という「原理」を生み出し、実践の試みを始めるチャンスを得、またさらに、「先生がいきいきする源とは?」という「問い」にも発展しました。 「先生がいきいきする」とは、先生という職業を選んだ人が、選んだというそこに「こだわり」を持つことです。このことはどんな人(大人・子ども)にとっても同じ課題となります。 社会科学者の見田宗介氏は、次のようにまで言及しています。 「1人の人が「生きる」とは、その志の(初めの炎)を保つことが、自分にとって、時代にとって、人間にとって、あるいは人間を含む一切の存在にとって、その「問い」をつづけるということのためだけにあってもいいのではないのでしようか。」と。こだわり続けること、すなわち(「根底から考える力」)こそが、その人が「いきいきする源」であると考えます。 しかし、ここが「いまの日本の教育に欠けている点」になります。 さて、会のスタート時には、私は、私自身の「大いなる疑問」の根底には、「自分とは何か」と向き合うしかないことに、《気づい》ていました。そこからこのテーマの「開発と実践」こそが今後の私学経営の「大きな宝・財産」となるのではないかと話していたつもりです。 つまり、(神戸の児童殺傷事件などもあって)このテーマこそが(私を含め、教師・保護者・大人も)いまの子ども達に大切な課題であるとの確信を得たのです。そこでまず、「自分とは何か」への入口は、私たちの存在が《4つのつながり》であることに《気づく》ことでした。そして、これは同時にみなさんに共有されるべき、発信すべき内容として《気づく》ことでした。 送付させていただきました、『「総括」の図+解説+資料』は、すべてで「1つ」です。ただ、特に保護者、D-1〉〜3〉の「試み」は、『中央公論』.2007.9 で、吉本隆明×内田樹.両氏の対談.「現代の親子を語る・特集.親が壊れている」からヒントをもらいました。 私学の新らたなサービスになったら、と思っています。 (尚、今回はいつもの研修会の前に、NP0法人の総会が催されました。(18:00〜18:30)) ※.皆さんのお知恵をおかしください。・・・よろしくお願いします。 私の、東京私立中・高協会主催での、「中堅現職研修」(8月7日・越後湯沢)の「セミナー」で、有意義なものとなるための「しかけ」づくりについてです。お考えをお待ちしてます。 |