• 更新日:2007/05/07


  • E-mailアドレスの変更などがあった方は、事務局 HVS綜合研究会までご連絡ください。




  • 2007年度の目標


  • 先生が、『自分とは何か?』を考え、深めよう!


    2007年5月の特別研修会の御案内
    5月21日(月)

    先生自身の研鑽と今後の新しい私学の展開のための課題の講座

    「《気づき》実践にレシピ(教案)を活用する!」。

      明大中野八王子中学・高校
             白井 利剛 先生

    いま、白井先生は中学2年生の学年主任をされています。
    学年に関係する先生10名ぐらいと学年の方向性や生徒への実践について、
    さまざまな試行錯誤をされていると思います。
    その作業に「レシピの活用」は、どのように作用させればいいのでしょうか?
    無理なのでしょうか?

    ------------------
    ※場所:中央大学駿河台記念館 570# (JRお茶の水 徒歩3分)※会場は入口に表示

    ※受付:午後6時より
    ※時間:午後6時〜9時(○6時から夕食○食事終了後、開催)
    ※会費:特別研修会につき、A会員校2名まで1人\3,000_他1人\5,000_
    1校5名以上場合1人\3,000_
    ※その他:当日の夕食代・資料代等は、会費に含まれております。

    申し込み方法:5月14日(月)まで。
    メール・fax・電話にて参加者名、人数等をお知らせ下さい。
    (期日厳守でお願いいたします。)


    今後の研修会の日程(予定)
    個人の実践報告を企画中。発信者募集中!!ご連絡ください。
    6月18日(月) 桜美林中高 藤野先生の 「実践報告」
    7月23日(月) 文大杉並中高 実践チームの報告




  • infomation


  • ◆『気づき教育・実践集』発刊予定・・・各校の実践を中心にしたもの◆ 原稿募集中
    NO.17・・・原稿〆切07年5月末。7月中刊行完。(現在実践している学校や先生)
    NO.18・・・原稿〆切07年9月末。11月中頃刊行予定。


    事務局 HVS綜合研究会  安達 征勝

    (2007.4/28(土)の特別研修会. 参加校 7校.関連企業 2社.参加者総数 17名)

    ゴールデンウィーク中の初夏を思わせる一日、散歩で「藤棚」の有名なお寺に立ち寄りました。
    藤の甘い香りに陶然としていますと、体長3cmぐらいの大きな「クマバチ?」が沢山飛んでいるのが見えました。
    多くの人は、その美しい光景を写真におさめていました。

    4月の研修会は、顧問の大井玄先生の「<自己とは何か?>を、「つながり」の視点で…」というタイトルの講演でした。
    はじめ私がお願いした内容は、地球環境に関したものでした。しかし、先生の方から、「もっと本質的な内容で…」というお考えを出していただき、 再企画しました。先生は、今回のレジメの冒頭に、高杉晋作の「おもしろきこともなき世をおもしろく、住みなすものはこころなりけり」 を挙げられました。
    講演内容は、

    1.「自己」はどの「自分」かを選択する能力がある ※「セクハラ」を受けたナース。「自己」についての考え方。
    2.脳は記憶に基づいて世界を仮構している(スティーブン・コスリン) ※仮想現実症候群「痴呆老人の創る世界」
    3.「自己」はつながりを感じることも感じないことも選択できる ※朝食、バングラディシュとえび、ダーウィンの悪夢、つながりを知る「自己」とは「生かされている」と感ずる「自己」
    4.つながりを感じる人と感じない人では死の受容が違う ※キュープラ・ロス、坂東真砂子、アメリカ・インディアン(チェロキーとプエブロインディアン)、ネパールの母
    5.私たちはどうつながっているのか(縁起の法則) ※いのちのつながり、物質のつながり、場のつながり、「区別されているが分離していない」
    6.つながりの立場から世界を見ると ※人を介護するということ、人を教育するということ、青い鳥とは、菩薩

    というもので、広範囲にわたり、かつ深い内容で大変に刺激的でした。
    このお知らせは、レジメをそのまま載せたもので、分かりにくいかもしれませんがご容赦ください。私はこの講演を聞いて、改めて「自分の中に《気づく》作業の大切さ」、 「青い鳥は、外ではなく内にあることに気づき」を感じました。
    「私は、確かに自分の意志で生きている」と思っていますが、「自分の意志」は「生きていること」を前提として、 初めて働きます。ですから、まず「自分が生きている」とはどういう事を言うのか?、をはっきりさせる必要があります。
    最低限「生きている」とは、「水や空気や食料」を必要とします。これらは、自分では生み出すことができません。 多くの様々なものとの「つながり」によって「生かされている」地点に《気づく》はずです。 これは、正しい事実なのです。そこの地点の土台があってはじめて「生きている」のです。
    さて、このようなことを教育の土台に据えて「子どもたちがよりよく生きる」ということを、今後の私学経営に展開すべく 私たちの活動はすすめられてきています。その為には、いまの「時代の要請」の質の中身が、どのようなものなのか?、求められているものとは何か?、を 考えながら教育現場での実践に取り組んでいかなければなりません。
    「時代の要請」の質とは、時代の変化によって「これまでの制度や価値観などが機能しなくなった状態や状況」のことで、「では、どうすべきか?」ということになるかと思います。 私たちは「いま、極端なアメリカ化の進行(市場経済、格差問題、個人・家族・地域の孤立化、個人犯罪の変質)状態や状況」にさらされています。
    こうした状態や状況下にあって、私たちは、「人間の生の基本的局面を確認することは非常に大切。誕生や成熟、病気、死、人間関係、仕事といった テーマには誰もがかかわる。自分できちんと位置づけしておかないとうまく生きてゆけない。」(松永澄夫 東大教授 哲学)ことの視点や観点を認識しておく必要がある様に思います。
    それは、本質的な意味で、「自分とは何か?なぜ学ぶのか?どう生きたらいいのか?」ということに集約できるのです。
    本来私学が独自の理念の中にこれを取り込み、いかに具体的に実践できるのかが経営の質であり、いままた今後私学経営の「ウリ」として、 その質を再展開する時が来ていると思います。従来の「進学だけではもう、その先というか将来がないのでは?」ということも含めて。
    幸いにも、こうした取り組みが多くの方々の指示を得るとともに組織的な取り組みをする学校もスタートしました。 その上、成果や実績をあげるところも出て、その情報交換や研鑽も深まりつつあるというのが、会の現状というところだと思います。
    多くの諸先輩が切り拓いた道を、次は「母校愛に満ちた若手の先生方」が続いてください。