更新日:2002/03/05

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  • 3月18日(月)のTOP・特別研修会の御案内
    3月18日(月)
    ◆市進学院情報出版室.室長 長谷川 一夫 氏
    2002年度 高校入試概要

    ◆明大中野八王子. 白井 利剛 先生
    サブ テキストbPを1年間通して実践してみて

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    ※場所:アルカディア市ヶ谷(私学会館)
    ※受付:午後5時30分より
    ※時間:午後6時〜9時(○6時から夕食○食事終了後、開催)
    ※会費:特別.A会員校2名まで1人¥3,000_、他1人¥8,000_、1校5名以上の場合1人¥5,000_、ただし、理事長.校長先生は 1人¥10,000_
    ※その他:当日の夕食代・資料代等は、会費に含まれております。

    申し込み方法:3月11(月)まで
    メール・fax・電話にて参加者名、人数等をお知らせ下さい。
    (ギリギリ3月16日(土)まで可)



    『これが私学だ』bV 原稿募集中
    (〆切日 4月末・発刊は5月中)
    『孫への手紙』の読後感なども(1700字位で)


    21世紀の私学とは、<自分深め>の機会を創造し、進路の徹底化とともに 話題の共有できる《場》が用意されていることです。
    大改革の時代、まず変わるのは先生です。

    事務局 HVS綜合研究会  安達 征勝

    (2002.2/27の特別研修会. 参加校(39/90校中).関連企業11社.参加者76名)

    とにかく、起ってしまってからでは遅すぎます。

    また、新聞紙上を賑わす少年事件が発生しました。東村山の中2生を中心にしたホームレス男性への集団リンチ殺人事件のことです。新聞が伝える事件のあらましでは、この子ども達が市内の図書館で騒ぎ、とがめられ、殴る、蹴るの仕返しを3回にわたってくり返し、相手を死に至らしめた、というものでした。
    また同じ紙面の片隅には、いつもの様に識者のコメントが載せられています。
    「群集心理で過剰行動とか。時代の風潮を反映していていまの子どもは、弱者に対する人権感覚が乏しいとか。中2というのは、半分子どもで、自己が万能であるという観念からまだ抜けきれない年齢とか、」の文字だけがむなしく躍っています。
    この様なことが、私たち《Project.21.私学》の会に参加する学校でも発生しかねない…?と思ったらゾーっとなりました。
    この様なことにならないために、私たちは何をどう考えて対策を立て、何を用意すればいいのでしょうか?そのヒントを探ってみることにしましょう。
    事件の後、この生徒たちの通う中学校の校長先生が、記者会見で次の様なことを言ってます。
    一つは、「4人は仲のよいグループで、一部は深夜のはいかいに加え、授業を抜け出したり、喫煙をしたりして、保護者とともに数回指導を受けていた。」こと。
    二つは、「いじめなども把握しておらず、誇りをもっていた。その中でこのような事件が起き、ぼうぜんとしている。」こと。
    三つは、「命の大切さ、弱者に対するいたわりは徹底してきたのだが…(身障者学級を併設していて。)」
    これから、課題を以上の三点に絞り、むしろ、私たちの闘うべき課題として考えてみることにしましょう。
    @ まず最初に、次のような保護者とはどう接したらいいのでしょうか。
    この生徒の保護者の中には、髪の毛一つにしても“うちの子どもには金髪が一番似合うんです”とか。授業中にケイタイの鳴るのを注意すると“塾の行き帰りに何かあったら、先生が責任をとってくれるのか!”とか。また、何かあるごとに“人権侵害だ!擁護委員会に訴えてやる!”といった対応を、教師や他の人にとっていることについて、どのような対策を立てたらいいのか?果たして方策はあるのでしょうか?(『週刊新潮』2002.2.27号より)
    A 次に、「(いじめについては、ある事件が起こると)マスコミはすぐに学校が悪いと言うけれども、毎日一緒に暮らしている親がいて、さらに一緒に生活している兄弟がいて、そういう家族がみな気がつかないものを、先生が気がつかないのはけしからんと言っても、なかなか難しい話ではないかな、という印象を受けました。」(『いじめと妬み』 戦後民主主義の落し子・土居 健郎.渡部 昇一 対談集より)
    校長先生が、なぜ「いじめ」の例をもちだしたのか私には理解できませんが、上の視点の方が現実味があります。「いじめは、もともと見えないところで行われるもの。」なのです。
    その意味で、「いじめ」については、根本的な別の対応策が必要であるように思いますが、いかがなものでしょうか?
    B 三つめの、「命の大切さ、弱者に対するいたわり」についても、戦後の教育プログラムからは、すべて外されたかたちとなっています。これは、いまの私たち一人ひとりの人生観とも大きくかかわってくる問題になってくると思われますが、この地点の戦後教育への一つの推論を紹介してみることにします。(江藤 淳氏などの指摘もありますが…)
    “戦後教育は、表のプログラムとしては、もちろん理性・科学やヒューマニズムを教えている。だが、教える側も気づかないうちに、その裏で、「人間も結局はただの物質であり(だから生きていることには意味がない)、神や仏や天など、ただの神話で(だから絶対的な善悪の基準はない)、国や村や家などのために犠牲になるのはバカげたことで、個人の権利こそ大事なのだ(だから、人間は自分を大事にして、自分の生きたいように生きるしかない。それは権利なのだ)」といった人生観を、子どもの心の奥底に埋め込むという結果になったのではないか。”(『コスモロジーの創造』岡野 守也.法蔵館.P187〜)と。
    どうでしょうか、私たちの挑戦すべき課題が、かなりはっきりしてきたように思いませんか?
    それは、私たちの課題が、「人間の原点とは何か?」を明確にすることと、その共通の了解からスタートしなければならないことでもあると思います。
    具体的には、学校説明会等でのインフォームドコンセントの確認などで、最低限の考えを述べる必要があると思います。
    「人間が生きているのは、他の莫大な数の命のおかげです。他の命を食べて生きているのです。今日、その仕組みが見えません。だから、死んでくれる命に心が痛みません。」(朝日新聞 2002.1.30 天声人語より)
    つまり、すべてのことは“つながり”の中にあるのだから、この学校はこの原点を押えた地点の教育を考え、実践していきますのでご協力をお願いします。とかを。
    (形は違いますが、昨年の暮に届いた鴎友学園の『学校説明会語録』などにも、受験者・入学者・保護者との間で多くの確認すべき内容が書かれていました。)




    ☆2002年度は、各私学とも『理念・組織・実践』の枠組を全員のものにしよう。
    ☆ワークショップやプロジェクトチームに参加し、深め、試行し、その成果を共有しよう。